それでも僕は手放せない

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「綺麗だね!」  雲一つない青空。輝く太陽に、きらめく海。島々の新緑もすべてが輝いて見えて、海沿いにあるレストランのテラスからその光景を見ていた美夏(みか)は、飲み終えた薬のケースをテーブルに置くと、まぶしそうに目を細めながら嬉しそうに言った。 「そうだね」  祥太(しょうた)は言いながら、その視線は景色ではなく、目の前にいる美夏へと向けられていた。  もちろん、ここの景色が綺麗だと知っている。そう知ったから、美夏に見せたくて、彼女をここへと連れてきた。でも、彼女といる時は景色よりも、少しでも彼女を見つめていたかった。  かつて失った彼女の笑顔。それがまた目の前にある。いまだにその時に感じた恐怖が心の奥底にあり、彼女の笑顔がこうして目の前にあるのに、実感がなく、また今度こそ永遠に失ってしまうのではないかという恐怖がぬぐえずにいた。 「ねぇ、聞いてる?」  美夏の顔を見つめたまま上の空だった祥太。その彼の前で手をひらひらさせながら、彼女が不思議そうに首を傾げる。 「あぁ、ごめん、考え事してて」 「もう、祥太君が誘ってくれたんでしょ?お祝いだからって。なのに…………」 「ごめんごめん。それで、なに?」 「あっちの方の空なんだけど、なんだかかすんで見えるね。曇っているのかな?」  美夏がそう言って指さしたのは、右側、はるか向こうにある空だった。  美夏の言うとおり、確かにその方向の空はかすんで見えた。青空も、まるでそこだけ異空間かとさえ思えるほど、空は灰色に染まっていた。 「いや、曇っているんじゃないよ」  美夏の指さす方向を真剣なまなざしで見つめながら、祥太は言った。 「あそこには工場があってね、そこから出る煙のせいなんだよ」  工場からのびる無数の煙突。そこから吐き出される煙が空を灰色へと変えていた。 「工場?でも、あのあたりに住んでいる人は大変だね、あんな煙の中じゃあ…………」 「避難命令が出て、もう住んでいる人はいないんだよ」 「避難命令って…………そんなに大切な工場なの?なにを作っているの?」 「…………さぁ、僕も知らないんだ」  言いながら、祥太はふっと笑みを浮かべた…………どこか寂しげな笑みを。
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