0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
いったい どのくらいの年月が過ぎたのであろうか?
ふと
洞窟の中へ 入ってきた頃を 回想している自分がいた。
そのことに気がつき
「なんだまだ自我は無くしてはいないのだな」と
心で思うと。
なにやら 楽しい気持ちが生まれたような気になった。
思考する力が戻ってきたのか?
いや
単なる雑念か
など考えている自分がいることに
何か違和感を感じ始めた
その時。
坐禅を組んでいた両足に
ピリッと
何かが 走り抜けたと
思うや
いきなり、ずっーと動かしていなかった背中から 腰にかけて
ズキッン!
と
衝撃が走った。
「なんだこれは!!!!」
一瞬
自身の身体になにが起きたのかも
理解できなかったのだが
ずきずきと痛む腰に
「おお!これは痛覚だ。痛みだ。触感が戻ってきたのか」と
今度は 折り曲げた二本の足に 神経を集中させると
両足が
ぴりぴりと痺れていることに気づいた。
「やはり、触感が戻っている。これはどういうことなのだろうか?」と
頭のなかで
また 思考を始めた
その時
あれほど何も考えることができなかった頭で 思考をしている自分にまた驚いた。
「これは私に何かが起きつつあるのか?」
「いや、先程まで全く何も無い世界にいたのに、なぜ、またこちらがわへ戻ってきてしまったのか」
わかるはずもない疑問を考え出してる自分に、驚きつつ
やはり
何かが違うと感じる自分も発見した。
「これはもしかして、夢の中の世界ではないのか?」
「いつの間にか深い深い眠りに入っていて、その世界の出来ごとなのでは?」
しかし
もし夢だとしても、
先程の何も無い世界と
今の何かを感じるが実体は夢の中、空想の産物
まさに、どちらも何も無い世界に違いないのでは?
と
思考を行ったり来たりしていると
頭のなかに
何かが閃いた。
「悟りとは、何も無いところから何かを感じ取ることなのではないか?」
と
閃いたこの考えが 的を得ているような気がするが
これは
やはり哲学的過ぎるかと
却下。
またもや自分に何が起きつつあるのか客観的にみて
みようと
考えがまとまりました。
「これが悟りへの道なのかもしれない。まあいいかなんであろうと、無我の境地のさらに先へ行ったのであろう」
自分で考えることを放棄した時。
最初のコメントを投稿しよう!