0人が本棚に入れています
本棚に追加
ママ、
「ねぇ、駆け落ちしない?」
放課後、塾の帰り。
いつも乗る電車に乗ろうとした、僕の制服の裾をつかんで声をかけてきたのは、幼馴染の栞だった。
幼馴染と言っても高校は別のところに通っているから、なんだか久しぶりな気がした。
どうしてこんな時間にこんなところにいるんだろうとか、駆け落ちってどういうことだろうとか、電車行っちゃったなとか、そんなことを考えながら呆然とする僕に、栞の切れた唇が微かに動いてまた告げる。
「駆け落ち、しない?」
僕に向かって話しかけてるはずなのに、全然僕の顔を見ようとしないから、見下ろした先の栞の瞳は、長いまつ毛に隠れてよく見えなかった。恐らく乾燥で切れたのであろう唇の端には、血がにじんでいる。
「いいよ。」
気づいたら、なぜか僕はそう返事をしてしまっていた。
栞は驚いたように顔を上げてから、なんだか苦しそうに笑った。
そうして僕らは、寒い寒い冬の夜、海に向かう電車に乗り込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!