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運転席の方を振り向いた私は、声の主である彼女の表情に驚いた。
初めて見た、美江の泣き顔。綺麗なその瞳から自然に流れ出る涙が、透き通るような白い肌の頬をツーッと撫でるように落ちていく。
「……美江、ちゃん?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「あの……」
「嘘。全部嘘。嘘なの……」
「嘘?」
「ごめんなさい……許して……」
何が嘘なのかわからなかった。私と美江の会話には、あまりにも他人には理解できないであろう内容が絡みつきすぎていた。難解迷路のように、何度も同じような道と同じような言葉を吐きながら先へ進み、決してゴールには辿りつくことはできないもので、誰にも私たちの心情を理解しようにも、私たち自身が塗り固めた壁によって誰も進入できない領域に2人で入っていったのだ。
私は、ただ彼女に触れたくて、震える指先を肌へと伸ばした。
私しかいない。彼女の壁をぶち壊せるのは私しかいない。
その一瞬で初めて彼女の気持ちを理解できたのは、彼女が私の指先を拒まなかったから。彼女は私と同じ心情を持った人間だと悟った。
兄ですら拒まれるであろうこの場所に、私は美江との空間をとにかく肌に吸収し、今しかないと私の気持ちを彼女にぶつけた。
誰も見ないで、お願い。
私と彼女しかいないその空間で、私と彼女は初めて、キスをした。
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