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第六章 甘々
結局、一日仕事を休んだだけで郁生は出社した。
帰宅時には、心配させたからとケーキを買ってきた。あんずジャムが塗ってあるザッハトルテはチョコレートケーキの中でも高カロリーだ。
「たまたま外回りでいった近くに、ケーキ屋があって。ここのケーキって有名だと同僚がいうから寄ったんだよ。それにしてもケーキ屋っていうのは女性客ばかりでまいっちゃったな」
わたしはそのようすを想像して心臓の辺りが暖かくなった。店に入ったのはいいけれど女性客ばかりでどんなに居心地が悪かっただろう。そんな思いをしてまで買ってきてくれたケーキを、遅い夕食の後を理由に断ることはできなかった。
また眠る数時間前に、こんな高カロリーの物を口にしてしまう罪悪感。わかっている。わかっているけれど、このケーキ一つで何かが劇的に変わることはないのだと、自分に暗示をかける。
フォークで口に入れると、ふわりと口の熱で溶けていく。さすがに有名パティシェのケーキは絶品だった。
「おいしい?」
郁生が絶品の笑顔で微笑んだ。
次の日も夫はケーキを買ってきた。夕食の後に取り出してテーブルに広げたのはマロンタルトのホール。?センチほどの小ぶりなホールだけれどタルト生地の上にたっぷりとマロンクリームがとぐろを巻いて、グラッセしたマロンが艶やかに光っている。夕べのザッハトルテに負けない高カロリー。
「毎日ケーキのお土産でごめんね。いいかげん飽きただろ? けど例のお得意さんがパティシェをしている店に契約更新の用があったものだから、つい手ぶらで店を出るわけにもいかなくて」
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