第一章 理想の人

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テレビでは三桁の女の子に似合う服や髪型が紹介され、それぞれの彼氏がデレッとした惚気顔で、自分がどんなに三桁女子が好きかを語っていた。 郁生がデブ専、おっと……。三桁好きには驚いたけれど、わたしは気持ちが軽くなった。そうか、太っていていいんだ。そう思うと、樽だと嘆いた体が愛おしくなってくる。お腹の肉をつまんで離すと、脂肪が嬉しそうにプルルンッと震える。うん、かわいい。かわいい肉だ。そう何回も口に出して唱えると嬉しくなって飛び跳ねた。痩せていれば踊ったのかもしれないけれど、樽だから飛び跳ねる。 案の定、慣れない動きに脚がもつれて転倒。痛たた……と床に転がって部屋を見わたすと、普段は死角なところが目につく。いつも立つか座るかの視線で暮らしていたから、転がって床からの視線で眺めることはなかったのだ。 そのとき、わたしはソファベッドの下の部分に雑誌が二、三冊入るくらいの収納部分があることに気づいた。歪に尖っているので、すでに何か雑誌でも入っているのかなと直すつもりでいったん引き出すと、本だった。 ああ、ここで眠る前に読書をしているのだと思って、ハードカバーの本を取りだすと、はさんであったのか一枚のコピー用紙がペラリと落ちた。 わたしは何気なく目を通した。とたんに体中の血液が瞬間冷凍して、固い金属で頭を連続殴打されているかのように壊れていくのを感じた。 『とびきり甘くておいしいスイーツを毎日用意しましょう。 砂糖とクリームをたっぷり使ったケーキ屋や飲み物、こってりとした料理が最適です。 きっとパートナーはあなたに感謝しながら早死をしてくれることでしょう。 保険金と自由が手に入るのは、あと一歩です。 さあ、甘い言葉を惜しんではいけません。 優しい態度を崩してはいけません。 けれど寝室は別にしましょう。 同じ寝室だと待ち望んだ異変の時に、うっかり救助してしまう可能性があります。 知らなかった、気づかなかった。ここがポイントです。 さあ愛の言葉を添えて、どんどん高カロリーの食品を提供しましょう。 ためらうことはありません。 これは愛という名の甘くて証拠が残らない武器なのです』
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