第一章 理想の人

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「こんなのまだ太ったうちに入らないよ。そんな悲しい顔をしないで笑って? ぼくはやさしくて笑顔がステキだから好きになったんだよ」 わたしの体重が増えるたびに郁生はこんな言葉をくり返す。だから安心しているうちに、ここまで太ってしまったのだ。 もはや独身時代の服は一切入らないし、太ると足にも肉がつくのか靴のサイズも変わった。 在宅仕事で家事以外は座って机に向かうことが多いので、運動もしない。というか、この体重になると運動する気にはならない。 「そうだ。あ……やっぱりやめた方が……ん……」 めずらしく歯に物が挟まったようにためらいがちな郁生。 「なあに、どうしたの?」 ごそごそと小さな箱を取り出した。中からキレイな彩のケーキが出てきた。 おいしいものはカロリーが高いというけれど、例外なくクリームとフルーツに彩られたケーキは充分、危険だ。けれど同時に別腹がムクムクと生まれる。 ゴクリ。喉の奥が鳴る。 「お得意さんがパティシェをしていてね。試作品だと持たされたのだけど、ぼくは甘党じゃないからきみにどうかと思って。でもさすがに今夜はもう無理だね」 郁生の分まで夕食を平らげて、のけぞって苦しむわたしに郁生があきらめの顔をした。わたしはゆっくりと立ちあがってコップに一杯の水を汲むと、一気に飲んで食道から胃袋へと流しこんだ。すでに新たに生まれている別腹が囁く。 大丈夫、食べちゃいなさいよ、と。 食べ過ぎた揚げ物の口直しに、フルーツの酸味と軽くホイップされたクリームがたまらなくおいしくて、ペロリと完食してしまった。 おいしかったわ、と振り返ると、湯上りの郁生はバスローブを巻き付けてソファベッドで寝息をたてていた。 わたしはそっと毛布をかけて、照明をおとすと一人でベッドにもぐった。仰向けになると未消化の食べ物がズンと内臓を圧迫して苦しい。横臥の態勢をとって苦しさから逃れた。そんな姿は浜に打ち上げられたトドのようだと悲しくなった。けれど後悔をするまもなく寝落ちしたのだった。
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