第一章 理想の人

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第四章 頼もしい味方 「――ところで、子供はまだなのかしら」 ピンと伸びた背筋。郁生に面影を譲った整った顔立ち。 姑は天気の話をするように子供の話を振ってくる。 「兄の家の風呂を改装の間だけだ。一週間くらいだからガマンしてほしい」 すまなそうに郁生は頭を下げた。 隣町に住む兄夫婦と同居の姑とは数回しか会ったことがない。美しくて品のある物腰の人だった。わたしは両親ともすでに鬼籍に入っているので、お義母さんと呼ぶ響きが懐かしくて二つ返事だった。 いい人なんだけど……。と人物紹介の頭にこういう枕詞がつく人がいる。姑はまさにこのタイプだった。全く屈託のない調子で触れられたくないところをバッサリと切ってくる。 いい人なんだけど、子供を授かれないことは触れないでほしい。いい人なんだけど、家の中の掃除が行き届かないところをチェックしないでほしい。いい人なんだけど……。そう、いい人……と心からいえたらいいのに。 「こんなこといいにくいけど、あなたは太り過ぎているから子供ができないのではないのかしら。不妊治療を始めるなら早い方がいいわよ」 夕食後のお茶をすすりながら、屈託のない笑顔がいった。わたしは正面からバッサリと太刀で斬りつけられたように動けなくなった。郁生が手にしていた茶わんをテーブルに叩きつけて立ちあがった。 「か、母さんっ。なんてことを!」 郁生があんなに怖い顔をしたのをわたしは初めて見た。 大抵の息子がそうであるように、郁生もとても母親を大切にしている。その郁生が私のために怒ったのだ。立ちあがったのだ。それで充分だった。 姑の口から出る言葉は相変わらずだった。わたしは日に何度も姑の言葉という太刀で切り付けられた。こんなにも言葉が人を切るものだと初めて知った。けれど誰よりも強力な味方が一人いるだけで、わたしは折れることなく過ごせた。あの時、郁生が立ちあがらなかったらわたしの心は死んでいたに違いない。
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