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第五章 不安
梅雨に入るころ、郁生の咳が増えた。熱があるのか時おり辛そうに額に手を当ててため息をついている。
「病院にいきましょう? ひどくなってからだと辛いわよ」
「ああ、けれど今、決算が近くて休めないんだ。暖かくして早く寝るようにするから……すまいないけれど、食事はおかゆにしてもらえるかな」
わたしは着替えや額に当てるための冷たいタオルを渡そうとすると、眠りかけていた郁生の目が見開いた。
「だ、だめだ。近寄ったら移してしまう。ゴ……ゴホッ」
風邪はうつせば治るというから、在宅仕事のわたしに移せばいいのにと思う。そとで営業の仕事をしている郁生は、人前で咳一つするのだって気を使うに違いない。
「お腹にもきているみたいで……。夜中にすぐにトイレに行かれるように、こっちのソファベッドで休むよ」
たしかにソファベッドの方が寝室よりもトイレに近い。体調が悪くて夜中にトイレに駆け込みたいときには一歩でも近い方がいい。それにキッチンからの余熱で部屋全体が温かいから、寝室よりも楽なのかもしれない。
「わかったわ。でも何かあったら必ず呼んでね、すぐ来るから」
心配で寝室のドアを開けたまま眠ろうとしたけれど、風邪がうつるからといわれて仕方なく閉めた。
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