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詰まったスケジュールを終えてアグレアーブルへ戻った朝陽は、半日も経たずして『日常』に戻っていた。
「朝陽くん、さっきからジロジロ見てるの知ってんだけど」
「あ、ごめん。昇兄が沙羅の唇は柔らかいって言ってたから……何か特別なケアとかしてるのかなと」
キッチンの奥でじゃが芋の皮むきを手伝い、横で皿洗いをしていた横顔に見入ってしまった。
火傷も無事に治ったことだし、出来ればそんな風に思われた方が相手にも喜んでもらえるかもと思ったのだが。
「いい、何でもない。忘れて」
恥ずかしくなって頬を染めて顔を背けた朝陽の肩を、イチが背後から叩いて耳打ちした。
「知らなくていいんですか、本当に柔らかいんですよ」
「噂通りかって疑うからイチくんには試させたんだけど、してみる?」
唇を突き出して少しだけ背伸びした沙羅の顔は既に近かった。
薄いピンクで見るからに柔らかそうで、嫌でも目が行く。
「だって……これ、浮気になるんじゃ……」
「挨拶だってしますよ」
イチが薄ら笑って、朝陽は目を瞑り、フロアから凪が流暢なフランス語で「Sole meuniere 一丁!」と舌ビラメのムニエルをオーダーした。
触れたのは一瞬だったけれど、想像以上の柔らかな弾力に動揺する。
キスした正体がイチ手製のギモーヴであったことが明かされたのは
──後ろめたさに苦悶した後、だった。
※Guimauve(ギモーヴ)
マシュマロのフランス名
元はどちらも花の名前から
「Kiss and Kiss」 END
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