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「うわ、そんなに花瓶一杯ならもう入んないじゃん!」
夏目家の墓前で真後ろから叫ばれて驚いた高之は、思わず墓石に抱きつきそうになりながら振り返る。
手には明るい色の対の花瓶分の花束と、火のついた線香を持った朝陽が立っていた。
「あれ、来るとは知らず……奇遇ですね……」
「今日が命日だって覚えてたんじゃないんだ?」
朝陽が花束に巻かれた包装紙を剥がしている間に、先に供えていた花の根元を寄せて、花瓶の中に隙間を作る。
「覚えてないけど、俺たまに勝手に来てるから」
「……知らなかった」
どうにか花を詰め込んで、盛大な華々しさで賑やかになった墓に手を合わせた朝陽はすぐに腕時計に目をやった。
「よし、もう行くねお父さん」
「今日撮影だっけ? 三軒茶屋で降ろしていいなら乗っけてくよ」
「もうひと声」
両手を合わせたお願いポーズに、高之は思わず面食らった。
こんな可愛い仕草は滅多に見られない。
「寝坊しちゃってギリギリなんだよ」
「仕方ねえなもう」
頭を掻いて誤魔化してみたが、仕方ないという顔は出来ていなかったと思う。
恋人の父親の墓前で、何を断る術もなく。
垣間見る我儘さえもが愛おしい。
「あ……てことは後で昇もおばさんも来るんだよね? 花入んないね」
いいんじゃん、と朝陽は適当に答えて先を歩く。
「そういや朝陽、ちっちゃいとき『パパ』って呼んでたよな」
「まさかあ」
信じない朝陽は可笑しそうに笑い、通路にいた鳩たちが一斉に飛び立つ。
暦の上で、春はもうすぐそこまで来ていた。
「SUNRISE」END
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