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「じゃあね。夜遅くにごめん。また来週学校で」
「うん、おやすみなさい」
ぷちっと電話を切る。
ドッと一気に疲れが出て、ちひろはベッドに倒れ込んだ。
(櫻君、どんだけいい人なんだよ……。こんなグズと、まだ友達でいてくれるなんて……)
自分の不甲斐なさに、心底呆れる思いだった。
(櫻君の事、周りの男の子と比べたらきっと一番好きだ……それは間違いない。もしかしたら、知れば知るほど好きになるかもしれない。だけど、私はその先に踏み込む勇気がない……)
周りがどんどんと恋をして、泣いたり笑ったりを繰り返す側で、自分は何一つとして恋と言うものに親身になれなかった。
遠い出来事のように、ただ傍観していたのだ。
だから、恋をして可愛く綺麗になったり、恋人が出来て大人のステップを踏んでいく周りにどこか気後れしていた。
まだまだ子供な自分が、どんどん周りに取り残されていくようで、だからといって焦っても気持ちはそこまで追いつけなくて。
ちひろはすっかり、恋愛というものに蓋をしていた。
小説を書くことに没頭していれば、無縁でいられた。
それで良かったし、これからもずっとそうだと思っていた。
(うん、これで良かったんだよ……。こんなめんどくさい奴は恋愛する資格なんてない)
枕に顔を埋めて、自己嫌悪に「うぅぅぅ」と唸っている時だった。
携帯にメッセージが入り、見ると瑞樹からだった。
いつもの眠りの催促だ。
ちひろは重い体を引きずるように起こすと、窓へ向かってベランダに出た。
「あれ………」
顔を上げると、向こうのベランダで立っている瑞樹を見付けた。
いつも勝手に入れと文句を言うのに、今日はどういう風の吹き回しなのだろうか。
「どうしたの?」
首を傾げて聞くと、瑞樹は不機嫌そうに眉間にしわを寄せながら言った。
「迎えに来たんだよ」
「迎えに?」
「いいから早く来いよ」
「う、うん」
不思議に思いながら、ちひろはいつものように命綱を腰に巻き付けると、ベランダの柵をよじ登った。
すると、すぐ向こうにあるベランダから、瑞樹が長い腕を伸ばしてきた。
「掴まって」
「……へ?」
「いいから。早くしろって」
「う、うん」
ちひろは、伸ばされた瑞樹の手を恐る恐る掴む。
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