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(よ、良かった……)
ちひろは大きく胸を撫で下ろした。
(私も早く立ち去ろう。守口さんも、気まずいだろうし)
直ぐ様姿を隠そうと、ちひろが歩き出した時だった。
「あ、あの……!」
か細い、可愛らしい声に、ちひろは思わず足を止めた。
恐る恐る彼女を見ると、儚げで色白な顔が、真っ直ぐとこちらを見ていた。
「吉村さん、だよね?月城君の、ご近所さんの」
そう言われてしまってはもう、知らぬふりは出来ないのだった。
「誰かに追われているの?」
先程から、人目を気にしてこそこそと歩くちひろに、さすがの紗也も怪訝に思ったらしい。
ちひろは「へ、へへ……」と愛想笑いで誤魔化すと、悟られないようにため息をついた。
(こ、こんな所をあの人に見られたらタダじゃすまされないよ。締め上げられる……)
身の危険を感じてブルッと震え上がる。
そんなちひろの悩みなど露知らず、紗也は嬉しそうに隣を歩いていた。
二人は、中庭のベンチを目指していた。
紗也が、何故だかちひろと話をしたいと言ってきたのだ。
ちひろは図書室に用事があるからと断りを入れたのだが、その後にでも話せないかと彼女は食い下がってきた。
話をしたいと言う彼女の熱意に断りきれず、ちひろは渋々了承したのだった。
「さっきは助けてくれてありがとう。びっくりしたよ」
「う、ううん、そんな……」
ベンチに腰かけると、さっそく紗也がお礼を言った。
「覚悟はしてたんだけど、まさかあんな風になるとは思ってなくて。すごく怖かったよ。吉村さんは、どうして助けてくれたの?」
気が気ではないちひろは、そわそわと辺りを伺いながら彼女の話に耳を傾けていたので、質問されている事に一瞬気が付かなかった。
「あっ、え!?あ、それは、ほら、あの、困っているように見えたから……」
「そうなんだ、ありがとう。そう言えば、月城君とご近所さんってことは、小学校とか中学校は同じだったの?」
「あ、えーっと、それは………うん、そうだった気がするよ……!」
「気がする?」
愛らしい瞳を丸くする紗也に、ちひろは見とれそうになりながら言い繕った。
「ほら、月城君は、私とは住む世界が違って、関わることもなかったから……あんまり、ピンとこなくて」
「あ、そっか。月城君って、今も昔も目立ってたんだね」
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