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「いちいちノックしなくていいから。勝手に入ってこいっていつも言ってるだろ」
そう悪態をつきながら姿を見せたのは、ちひろの幼馴染み、いや、腐れ縁とでも言うのだろうか、今朝学校で女子に騒がれていた張本人、月城 瑞樹だった。
学校での紳士的な表情や対応は成りをひそめ、ただただ感じの悪い男がそこに立っていた。
「一応、人様のお家だから、勝手に入るまねは出来ないよ」
「何年出入りしてると思ってんだよ。自分の家みたいなもんだろ。いちいち面倒なんだけど」
誰の為に来てると思ってるんだ、と心の中で言い返しながら、ちひろはしぶしぶ部屋の中へ入って床に腰をおろした。
「お前さ、今日上から俺の事見てただろ」
瑞樹がベッドの中へ潜り込みながら訪ねてきた。
どこか不機嫌な声の響きに、思わずビクッとなる。
「あ、えーと、まぁ、そうだね……」
「隣の女子に余計な事喋ってただろ。聞こえてんだけど」
ちひろの顔からサァッと血の気が引く。
「いや、それは、その……」
「わかってるよな?俺とお前が昔馴染みで、家も近所だって事、誰にもバレたくないって」
「はい……それはもう……」
「学校では一切関わってくるなよ。余計な事は誰にも言うな。お前が美人で頭がいいなら考えてやったけど、そうじゃないことくらいわかるよな?」
ちひろは答えるのも億劫になって大きく頷いた。
このやりとりはもう、数えきれない程繰り返している。
いい加減耳にタコで、 この理不尽な言動にも傷つかなくなっている自分がいた。
なにより、こう思うのだ。
そんなに怖がらなくてもいいのに、と。
ちひろには、瑞樹がキャンキャンと吠える小型犬に見えてしまう。
彼の抱える秘密を、唯一知っているからかもしれない。
「それと、もう一つ」
ちひろは目を丸くして瑞樹を見る。
瑞樹はベッドから上半身を起こすと、ちひろにニヤリと笑った。
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