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旋律は時を越えて
他の女(ひと)と行為に及んでいても昔別れた彼女の言葉が落ちてくる。
彼女と僕との出会いはぼくが社会人に成って直ぐだった。その時のぼくは彼女と付き合うことで結構満たされていた。毎日が楽しかった。それまで普通の恋などしたこともなかったぼくが初めて付き合ったのが美奈子だった。彼女との付き合いは三年間だった。一時は同棲生活まで話が上がったけれども結局は別れた。彼女にはぼくの言葉が届かなかった。別れを切り出されたとき洗濯機のなかでぐるぐる回っている感じがして、頭のなかが真っ白になったことを覚えている。それでも彼女の言葉が消えなかった。
「やれば、大人なの?」
押し迫ったぼくに冷たい眼差し。
「首輪をつければ恋人なの?」
目の前でチョーカーを捨てられて。
「別れよう。私は大人にはなりたくない」
辛辣に吐き捨てられた言葉の意味をその時のぼくは理解できなかった。受け入れることすら無理だった。後に風の噂で知ったんだ。
彼女は子供が生めないって。
生んではならない体質なんだそうだ。
ぼくはそれを知らなかった。聞こうともしなかった。
彼女は大人に「なりたくない」のではなく「なれない」のだと知ったんだ。
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