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戸惑う声がスマホから聴こえてきたけど、無視して通話を切った。
鼻水で湿ったティッシュをゴミ箱に放り投げ、きびすを返して、オレは玄関へと向かった。
「おい信五、外に出る気じゃないだろうな」
親父が慌てふためきながら、ついてくる。
「何も触らなきゃいいんだろ。念のため手袋もするし、マスクもするよ」
靴箱の上にあった救急箱から、ビニール手袋と、花粉用の抗菌マスクを取り出し、包装を破いて、装着する。
「信五!」
親父の制止を振りきって、オレは外へ飛び出した。
男手ひとつでここまで育ててきたオレを、こんなことで失いたくない親父の気持ちはよくわかる。
だけど、オレを心配してくれるその気持ちと同じように、オレだって真中のことが心配なんだ。
驚くことに、バスは通常通り運行していて、でもありがたかった。
座席には腰を下ろさずに、吊革にも触らずになんとか耐えた。
窓から見える景色は、いつもと何ら変わらなく見えた。
ただ、そこにいるはずの人の姿が、笑いが出そうなくらい皆無だった。
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