さよならセンチメンタル

8/19
前へ
/19ページ
次へ
 その時、唐突に、空気を切り裂くような悲鳴が上がった。  ドーナツを作っている調理スペースからだ。  さっきまでレジを打っていたアルバイトの女子や、陳列していた子や、トングをいくつも持ったままの店員も、泣きながら飛び出してきた。  オレはそれを見て、思わず息を飲んだ。  大きなフライヤーの前で、人が燃えている。  いや、もうすでに人だと呼べるものではなくて、人の形をしたバーベキューの肉の塊がそこにあるようにしか見えなかった。  オレはとっさに真中の頭を抱きかかえ、目を腕で覆った。  真中の口はぽっかり開いていた。  いつのまにかカフェオレのカップは手から離され、テーブルに落ちて、したたる中身は真中の膝を汚していたけど、熱さなんてまるで感じていないようだった。  それはブスブスと燃え尽きて、ゆらゆらと揺らめき、後ろに倒れた。  詰まっているはずの鼻にまで、使い古した濃い油の臭いが漂った。  悲鳴を聞きつけて飛んできた警備員が、青い顔をしながら、必死で携帯電話に話しかけている。 「油を……油を、自分で……」  アルバイトのひとりが、床にひざまずき、しゃくりあげながら、細切れにつぶやいていた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加