第4章 わたしの身体はみんなのもの

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「俺は昨夜この近くの友達の家に泊まって。ひとん家ってあんまりよく眠れなかったから、ここで一眠りして行こうかなと。なんか割に午前中はみんな来ないとか聞いたから。誰か来てても寝室で鍵かけて寝ちゃえばいいかなって思ってさ」 わたしが考えてることとあんま変わんない。カチ、と音がしてマシンの動作が止まった。わたしはそちらへ行ってサーバーを手に取り戻って来て、二つ並べたカップに中身を注いだ。 「友達って、よく一緒に来るあの人?」 「違う、こことは全然関係のない奴だよ。…俺がこんなとこに関わってるとは思ってもみないだろうなぁ…」 ふと改まって思いついたような声を出す。気持ちはわかる、何となく。それとなく頷いて湯気の立つカップを差し出した。 「あ、ありがと。…でも思い立ってここまで来てみてよかった。まさか夜ちゃんがいるなんてさ…。しかもこんなコーヒーまで淹れてもらえて。なんか、得した気分」 そう言ってほわっと顔を綻ばせる。穏やかないい人みたいだ。わたしは彼の向かいの椅子に腰かけ、自分もカップに口をつけて顔を僅かに顰めた。さすがにまだ熱い。 「時々こうやって来るの?誰もいない時に」 彼に問いかけられ曖昧に濁す。 「うーん…、今日は、たまたま。ここ個室鍵かかるし。わたしも寝ようかなって思ってた、やっぱり」 「同じだ」 何となくその場は和やかな雰囲気になり、しばし他愛のない雑談が交わされる。その中で彼はそれとなく自分の名前を教えてくれた(上村くんという子だった)。目を瞬かせる間抜けな表情を見て、夜ちゃん、きっと覚えてないと思ったからと裏心なく笑いわたしを恐縮させた。 穏やかな時間がひとしきり過ぎ、互いに何となくカップを持て余す。意外に冷めるのが遅い。わたしもだけど、上村くんも熱過ぎるのは苦手らしい。一瞬何とも言えない間が空く。 不意に彼は顔を上げ、思い詰めたようにきっぱりと言った。 「あの、無理ならいいんだけど。…もし嫌じゃなかったら。そっちの寝室で一緒に寝ない?…俺、昨夜あまり寝てないから。結構、眠くて。…このコーヒーが冷めるまでくらいの間でいいから」 『一緒に寝る』がどっちの意味なのかはっきりとはわからなかった。 眠くて、って言うんなら睡眠を取るって意味だろうとは思う。向こうもこっちもそのつもりでこの部屋を利用しようとしたには違いない訳だし。
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