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でも、無神経だったかな。…触られるの嫌?」
「ううん」
わたしは意志の力で笑顔を作り、彼を安心させるように振り向けた。
「そんなことないよ。大丈夫」
大体既に身体の関係がある人なのに。近くに寄る気がしないなんて意味がわからない。彼の方に身を寄せると、おずおずと両腕で包むように抱きしめられた。至近距離で顔を見合わせて徐にそっと唇にキスされて、思わずぎゅっと目を瞑る。
静かな部屋で男の人と二人きり。相手の身体の興奮が否応なく伝わってくる。この感じ。
不意に、フラッシュバックのように全然関係ない別の光景がありありと蘇ってくる。
漫画や本やDVDがぎっしり詰められた棚に見降ろされてたあの狭苦しい部屋。埃っぽい体育倉庫。そして、いつも寒々しかった記憶しかないもの寂れた裏山の四阿…。
身体ががちがちに強張るのがわかった。自分の所有物みたいに、卑猥な玩具みたいに好きなように弄ばれたあの日々。目を逸らそうとしても視界に入る相手の顔。
わたしの人生からどうしても消えてくれないあの人たちの顔…。
「夜ちゃん。…夜ちゃん、大丈夫?」
はっと我に返ると上村くんにそっと肩を揺さぶられていた。わたしは彼と並んで横たわったままその顔を間近に見上げる。
「別に、大丈夫だよ。…何で?」
彼は真剣な表情を浮かべてわたしの目を覗き込んだ。
「平気って感じじゃなかったよ。すごく蒼ざめて気分悪そうだった。体調悪いの?無理しなくていいよ。…それとも」
彼はふと傷ついたような顔を見せ、それを振り切るようにわざと明るい声で続けた。
「俺とするのなんか嫌かな。いつもはどさくさに紛れて相手してくれてるけど。…本当は俺なんか好みじゃない、よね。そりゃ…、夜ちゃんだって選ぶ権利」
「違う、そういうんじゃないの。上村くんだから嫌とかそんなことない」
わたしは慌てて遮った。そんな風に考えて欲しくない。そうじゃなくて。
否定するそばから肩に触れられたままのその手が気になって仕方ない。体温が伝わってくる場所が強張る。でも、離してくれなんてとても言えない。
けど…。
わたしは彼の顔から目線を逸らし、さり気なく横を向いた。
「よくわかんないけど、自分でも。こういうのは駄目。…あんなにすごいこと既にさせてるのに、意味わかんないよね。今更恥ずかしいとかはないんだけど。でも」
こういうのは。本当は、好きな人としないと。
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