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振り返ると、祖父の営んでいる競走馬の生産牧場のスタッフの瀬尾さんが、馬の放牧地を区切る木の柵にもたれこちらを見ていた。
つなぎの作業着に長靴。それに軍手というなんの洒落っ気もない恰好で、柵に肘を置いてこちらに笑いかける長身の男。
一体いつから見られていたんだろう。気恥ずかしさを誤魔化すように眉をひそめ瀬尾さんをにらむと、こちらにおいでと手招きされた。
「見てたなら、声をかけてくれればいいのに」
ふてくされると、ごめんねと柔らかく微笑まれた。
笑うと目尻にシワが寄るタイプの男は、歳を重ねるほど色気を増す。テレビで誰かが言っていた言葉を、ぼんやりと思い出す。
瀬尾さんは履いていた軍手を脱ぎ、僕の髪に手を伸ばした。
「千秋くんが仔馬みたいに可愛いから、微笑ましくて」
「仔馬?」
「春に生まれた仔馬も、初めて見る雪に驚いて、追いかけてはしゃいだりするんだよ」
「僕は馬じゃないです」
「わかってるよ」
僕の髪から手を下ろした瀬尾さんの指先には、白い小さなかけらが乗っていた。
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