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◇
『……恭介君』
桜並木の下で、少女の声が俺の耳に届いた。
振り返ると、桜が舞い散るこの坂で、穏やかな表情で佇む少女がいた。
緩やかな風が彼女の髪をなびかせ、それを右手で抑える姿に俺はただただ見とれていた。
その姿はまるで、ドラマのワンシーンのようで、とても絵になっている。
『どうしたの? 早く来ないと置いてっちゃうよ』
呆然としていると、彼女は無邪気に笑ってそう言った。
俺はそれに首を振って、歩き出した。
「……何でもない。行こうか」
口元に微かな笑みを浮かべて返事をすると、彼女の隣に並んだ。
隣を歩く彼女は、どこか嬉しそうに後ろで手を組みながら歩いている。
『相変わらずすごいよね、ここの桜。毎年見てるけど、何度見ても飽きないよ』
そう言いながら上を向く彼女は、俺に話しかけているというより、独り言を言っているような感じだった。
俺も彼女と同じように上を向いた。
「そうだな。でもそれも、あと少ししたら散っちゃうけどな」
『もう、恭介君はすぐにそういうことを言う。彼女ができたとき絶対そういうこと言っちゃダメだよ?』
「はいはい。もしできたらな」
俺は適当に返事をした。
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