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あしらうような返事に彼女は不満そうな顔をするも、特に何か言うことはなかった。
そしてしばらく無言で歩き、桜並木が終わりに差し掛かったところで『ねぇ』と、彼女は何かを思い出したように声を上げた。
『一つ聞いてもいい?』
「何だよ?」
特に何か考えることなく、先を促した。
すると彼女は真剣な声音でこう言った。
『いい加減、思い出してくれた?』
「……え?」
唐突に聞かれた謎の質問に俺が足を止めると、数歩先で彼女も足を止めた。
「どういう意味だ?」
質問の意図が読めず、俺が聞き返すと彼女は悲しげな顔をした。
『そのままの意味だよ。あたしを思い出したか? イエスか? ノーか? ただそれだけの質問』
突然口調の変わった彼女に、俺は戸惑った
「そ、そりゃあ、知ってるだろ。だからこうして……」
そこまで言って気づいた。俺の中に彼女との思い出がなかったことに。
何故、今の今まで気が付かなかったのか不思議でしょうがない。
俺は彼女のことを知らない。それも名前や性格、俺との関係性に至るまでの全てが。
「……わから、ない」
絞り出すように出した答えに、ふと彼女の顔に影が差し込んだ。
「そっか……」
そう短く言って辛そうに笑みを浮かべると、こちらに背を向けて桜並木を抜けていった。
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