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……佐伯 冬子……入社当時、私の教育係だった女性……
その頃から、彼女は自分の理想とする雑誌を手掛けたいと、言っていた……
30代前半……しかも女性で編集長のポストにつくのは、かなりの出世だと思う……
先輩後輩ではあるが、今ではプライベートで、時間が合えばよく呑みに行く間柄……
だから……彼女が手掛けたい雑誌がどんなものか……
私は知っている……
知っているから……尚更……
「絶っっっっ対!……イ・ヤ・で・すっ!」
断固っ!拒否よっ!
後輩として、話を聴いてる分は害がなかったが……
その分野に携わる等……戦力外もいいとこだ。
大体そんな雑誌……世の中に出版していい筈がない。
「…そ……そこを何とかっ!」
私に、テカテカ光る頭を下げる編集長。
「………何か……握られましたね?」
編集長の肩が、ビクッと…分かり易く反応する。
「なっ……何も聴かずに……頼むよっ…広瀬くんっ!この通りだっっ!」
椅子から立ち上がり、物凄い勢いで、私の足元に土下座をかます編集長……
私と編集長のやり取りを、フロアに存在する全ての人間が、微動だにせず見ている。
「……分かりました…とっっっても不本意ですが……編集長……」
私の呼び掛けに、土下座したまま顔を上げた編集長に向かって、にっこり微笑む。
「……今度何かあったら、助けて下さいね……助けて……くれますよね?絶対に!」
編集長の耳元で編集長にしか聴こえない声音で笑顔のまま……そう、囁く。
「も……もも勿論だとも……」
このくらい、言わせて貰わなきゃ気が済まない。
編集長が、より一層汗を垂れ流している。
自分のデスクに戻り、荷物を整理し始める。
「……広瀬くん……」
「まだ何か?」
「……さ…佐伯くんから、伝言で……今日中に……異動するようにと……」
深い溜め息を零す。
「……分かりました……」
こうなったら、直接本人にぶつけるまでよっ!
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