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夜。
結局、降りたった港に戻ってきていた。静かな港に、護岸に打ちつける波の音だけが響く。
倉庫街をとぼとぼと歩く。適当に腰をおろす。
おじさんに買ってもらったポーチからオイルをとりだし、ひと口飲んだ。ギターをポロリと鳴らし、歌いはじめる。
私はただ、歌をうたうためだけに生まれてきた。
夜風に音色がさらわれていく。聴衆はいない。
最後のリフレインにさしかかったとき、強烈なマグライトの光が私をとらえた。
反射的に、私は逃げだす。
「待って!」
女の声に、立ち止まる。逃げなくては。捕まってしまう。
「そこでなにしてるの」
振り返れば、殺される。
「顔をみせて。なにもしないから」
背中に浴びせられるマグライトの光。
「あなたの歌、もっとききたい」
私の回路が、熱くなるのを感じた。振り返る。
マグライトがおろされ、私は娘と対峙していた。
その姿は、警備員。
娘はふふっと笑った。
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