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山川麻緋は、重度の『ゆずみくヲタ』である。
ゆずみくは愛称で、正式名称は有柚深空(ありゆず みく)。
ピンで売り出し中の、三百年に一人(麻緋談)のアイドルである。
彼女の追っかけに、麻緋は命とか魂とか人として大事なものすべてを懸けていた。
「ゆずみく、七月一日が誕生日なんですか?」
昼休み。個人のデスクでお弁当を広げながら、同僚の中野(なかの)が麻緋に言った。
「ううん。本当は前日の六月三十日。ロミオの日だよ、可愛いよね」
「え、可愛いですか?」
「ゆずみくだから何でも可愛いね。スケジュールの関係で翌日になったのさ」
麻緋の個人パソコンがスクリーンセーバーに切り替わる。画面いっぱいにゆずみくの、水着姿での笑顔が映し出された。
トレードマークの凝ったツインテールが可愛い、スレンダーな体型ゆえに少し寂しい胸元が可愛い、細くて柔らかそうな生足が可愛い、なんかもう全部可愛いとろけちゃう。
マウスパッドもゆずみくの写真入りで、卓上カレンダーも筆立てもゆずみくグッズだった。この俺色(オレイロ)出し過ぎな個人デスクに、風紀が乱れると麻緋に注意する者はこの社内にいない。
「ぬるい運営ですねぇ。まぁがんばってください先輩」
「おぅ。そっちも来週のチケット争奪戦がんばれよ」
中野は「ウッス」と男らしく返事をした。
彼女のパソコンには、乙女ゲームのイケメンキャラが映し出されていた。透明なデスクマットの下には二次元キャラのブロマイド。中野の推しが神ってる笑顔を向けている。
他のデスクも似たり寄ったりだ。要するに、この会社の若手社員は、程度の差はあれどみんな自分だけの『推し』がいるのである。
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