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ベッドはほとんど乱れていなかった。あの寝起きの様子だと、わざわざ直してくれたとは考えにくい。
寝相のいい子なんだなと余計なことを考えつつTシャツを着て戻り、唯の向かいに座った。
「いただきます」
「いただいてます。――ん」
俺が戻るまで手をつけていなかったようだ。パンを一口かじった唯が目を見開き、唸った。
「口に合うかな」
「美味しいです、……気のせいかな、ほんのりと柑橘系の香りもして……お店で食べてるみたい」
正解だ。
卵液にはレモンとオレンジの皮を浸して香りを移している。
「んー……、これもうま……美味しい」
ヨーグルトサラダを目を閉じて味わっていた唯が、突然真剣な顔で言った。
「長塚さん」
「ん?」
「パンク、今日で直してくださいますか」
「ああ」
いかにも女らしい現実的な一面に興醒める。
「食後、すぐに取り掛かるよ」
「……ありがとうございます」
長らくお邪魔するのも申し訳なくて、と、彼女は目を伏せ、小声で付け足した。
俺は、ちっとも構わないけどな。
そう口にしかけて、やめた。
未だ警戒を解かない彼女に、いらない不安を掻き立てられるのも面倒だ。
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