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「ーー西へ、ですか」  数日後、涼香は本殿で老師と向き合っていた。 「うむ。天竺に真経を取りにの」 「・・・・・・天竺に」 「なに、とは言ってもどの寺からも一人出すように、とのおふれじゃて。そなた一人失敗しても大丈夫じゃろう」 「・・・・・・はい」  涼香は混乱していた。  時の帝からのおふれで、真経を取りに天竺まだ行かなくてはならないらしい。 (西遊記?)  前世で子供の頃読んだ本が脳裏に浮かぶ。  確か、三蔵という法師が艱難辛苦を乗り越えて天竺にお経を取りに行く話、だったはずだ。  その話とよくにているが、異なる点が一つ。  どの寺からも一人出すように、という部分だ。 (本では玄奘が三蔵法師になって天竺に向かったんだよね)  果たして、この世界は西遊記なのか、それともよく似た異世界なのか。  考えこんでいると、悩んでいると思ったのか老師が再び口を開いた。 「・・・・・・白翼、いや胡々よ。そなたもいつまでもここで男のふりをして暮らしているわけにもいくまい。これはいい機会じゃ。僧として寺を出て、何処か遠くの邑にでも腰を落ち着けてただの娘に戻るのじゃ。よいな?」 「・・・・・・老師様」  目を見張る涼香を老師は慈愛の籠もったまなざしで見つめ、いくばくかの路銀を渡した。  かくして、その数日後、涼香は天竺へ旅する僧の一人として、ひっそりと寺を出たのである。
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