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 父の臨終から少し経った頃、こどもが【次代の転生者】とならなかったことを確信した。  その魂の色が、彼女のそれとよく似ていたから、すぐにわかったのだ。  煌めきを湛える琥珀の色。  この色を初めて確認した瞬間、感激のあまり心が震え、自然と涙していた。  ――ああ、この子は間違いなく、私達のこどもだ。  こどもを奪われる可能性が確実に消えたので、彼女に真実を打ち明けた。  彼女が混乱しないよう、"複雑な事情"は伏せたままにしたが、そちらはいつか機会があれば話すつもりだ。――とは言え、意外と勘の鋭い人なので、もしかしたら、ある程度の私の秘密はバレているのかもしれないが。  自分が犯した暴挙の代償(魔力行使によって無理矢理埋め込んだ人工臓器と、胎児に対する拒絶反応――つまり悪阻)にずっと悩まされていた私を、それと知らずに心配してくれていた彼女は、この突然の告白に、これ以上なく憤慨した。 「貴方はこの世で最も愚かなひとです。  私に黙ってこんな、ご自身とこどもに大きな負担が掛かるような無茶をするなんて。  こどもを産む幸せを私から横取りしておいて、たった一人で、悪阻と、こどもを奪われるかもしれない恐怖と戦って、苦しむなんて……馬鹿!  もっと、ご自身を大切に扱ってください」  鬼の形相で捲し立てる彼女は、他の何ものよりも怖い。  不甲斐なく、オロオロとする私の両頬を抓って、叱責に次ぐ叱責を重ねる。  しかも、その発言のすべてが、こちらを心配する思いに基づくものだから、堪らない。 「たった一人で、すべてを背負い込もうとするなんて。そんなに私が信用なりませんか?」  彼女の怒りがじりじりと哀しみに転じ、私は更に慌てた。  このひとの涙には、滅法弱いのだ。 「違います! あなたが信用ならなかったのではありません。  どうしてもあなたを失いたくないが為に、私一人で暴走してしまったのです。あなたに黙って、酷い事をして、本当にすみません。  ああ、どうか泣かないでください」  もう、これは弁明にもならない、ただのガキの泣き言だ。  冷静に理路整然と説明もできないとは、我ながら情けない。  しかも、彼女はこれを聞いて、更に泣きながら怒る。 「そこじゃない! いや、そこもだけど。私が次の出産を迎えることがあっても、絶対に貴方と朔夜とお腹の子を置いて死なない! 死ぬ筈ない!」 「ええ……?」  そんな無茶な、と言い掛けて、口を噤む。  睨まれたからだ。怖い。 「私はね、貴方がどんな存在であろうとも、貴方が貴方でいる限り、余裕で受け入れるんだから。  なのに矢潮さんは貴方を愛する私を信じずに、一人で黙って悩みを抱え込んで、暴走しちゃうんだもの。それも、きっと全部、私の為に!」  よくご存知で。  私の思考をいとも容易く見抜く彼女は、やはり只者ではない。  一頻り号泣し、憤怒した彼女は、それまで抓っていた私の頬を解放し、優しく掌で包み込んだ。 「私、貴方にちゃんと信用されて、貴方も、お腹の中の子も、朔夜も守れるように強くなります。  だから、辛いことも、嬉しいことも、一緒に経験して乗り越えていきしょう……いえ、いくんです!」  ――この子のことで、貴方を追い詰めてしまって、ごめんなさい。    私とこの子の命を救おうとしてくれて、本当にありがとう。  心よりの彼女の言葉に、こちらも精一杯に謝罪し、感謝し、抱きしめる。  ああ、どうしようか。  このひとは、私なんかよりも、とても心の強いひとなのだ。  そんなの、逆らえるわけがない。  このひとの為なら、自分はすべてを捧げられるのだと改めて思い知らされた。
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