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父が照明を点けたので、部屋を染めていた茜色が薄れ、影に隠れていた父の顔もくっきりと見えるようになった。
父は何故だか少し安堵した表情をしている。
長年胸に秘めていた真実を当事者の僕に告げ、謝罪したことで肩の荷が降りたのだろうか?
「ねえ、僕がこの話をちゃんと理解できるのは、きっともっと先なんだろうけど、なんで今話したの?」
僕がもう少し思慮深かったら、もっと冷静に色々な見解ができたのだろう。
だが、今は真偽も定かでないようなこの話を受け止めるだけで手一杯だ。
ちゃんとわかってなくてもいいのか、という意味も込めて尋ねる。
「お前には知る権利があるからな。物事の分別がつく頃合いを見計らって話させて貰った。お前は敏いから、出生の秘密を理解できずとも、なんとか受け止めると思ったまでだ」
「買いかぶり過ぎ」
「すまないな」
軽く謝罪し、椅子まで戻ろうとする父を目で追い、声を掛けた。
「あのさ、父さん。父さんと母さんは、僕が産まれてきて、嬉しかった? 喜んだ?」
難しい話はさておき、何よりも知りたいのはそのことだけだ。
分厚い眼鏡の向こう、父の切れ長の目が細められ、おもむろに書棚から一冊の本を取り出すと、間に挟まっていた紙を僕に渡す。
それは、赤ん坊の僕を嬉しそうに抱く母と姉の写真。
撮り手も笑顔でなければ、こんな幸せそうな写真、撮られる筈がない。
これで十分だ。
僕の質問に対する、十分すぎる答えだった。
十二年と十ヶ月程前。
父が葛藤の末に下した決断がなければ、ひょっとしたら、僕ら家族は存在しなかったかもしれない。
父がしたことを他のヒトがどう思おうと、それはそちらだけの概念であり、僕らには、わりとどうでもいい事だ。
父の思わぬ告白に、度肝を抜かれたけれど、面白いことが聞けたので、悪くはない誕生日だと思う。
なにより、父の愛情を感じられたのが、僕には嬉しいプレゼントだった。
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