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私が"それ"に逸早く気付いたのはきっと、彼女の懐く予感を深く恐れていたからだ。
(ねえ、ゆづるさん。あなたはもう少し、ご自分の力を自覚するべきです。己が願いを叶えるに足る力を秘めたひと。
今だって、ほら、そうでしょう)
私の隣で健やかな寝息を立てるつれあいに向けて、胸中で語り掛ける。
まだ芽吹いたばかりの小さな命。
そのほんの微かな気配を彼女の中に見つけた瞬間のことだ。
彼女がこどもを生んで少ししてから述べた『もうひとり』の予感が、実は彼女自身の願いであったなんて、端から知っていた。
……願いながらも、一筋の涙で願いを洗い流そうと、諦めようとしていたことも。
どうしたものだろうな。
愛しいひとをもう泣かせまいと、細心の注意を払ったのに、来るべきものは来るようになっているらしい。
彼女の中にいる小さきものは、間違いなく、彼女の願いと魂に惹かれたものだ。
そうして、私たち夫婦を親にするべく選び、愛されたい一心で、彼女の願いに応じ、宿ったのだろう。
私がその事実に気付いたのは、普通の人間には不可視のもの――魂、思念、穢れ、気――を五感で認識する力があるからだ。
この身を流れる血がそうさせている。
妊娠の兆候すら表れていない――当人である彼女ですら、まだ自分の中で起こっている変化に気付いていないくらい、早期の発見。
それができた私は、彼女よりも先に(一人で思考する猶予を得られたようなものだ)、この事態についての対策を練り始めることができた。
正直に言おう。
彼女の胎内に小さな小さな命を見つけた時、私はその命よりも、彼女の幸せを最優先に考えた。
――では、彼女の幸せとはなにか?
彼女の傍に私がいて、娘がいて、そして――
(可能ならば、もうひとりの子がここいることを望むのだろうな)
それを踏まえると、運命は残酷だ。
何故なら、運命は必ず、彼女から幸せを奪うつもりでいるようだから。
こどもを産むと決めた場合、彼女は高い確率で、我が子の成長を見届けられなくなってしまう。
最悪の場合、彼女のみならず、こどもまでもを失われる危険がある。
(だが、それでも彼女はこどもが生き延びる可能性を選ぶとしたら?)
彼女は愛情深いひとだ。
こどもの成長を見届けられない不幸より、こどもの命を失う不幸をより強く拒むだろう。
胎内のこどもを諦めれば、彼女は"その子の母親"として、その子への罪の意識を一生背負い続ける。
そんな不幸を思えば、ハイリスクでほんの僅かな可能性だとしても、二人揃って生きられるかもしれない選択肢に賭けるのではないか。
(だが、その賭けはあまりに危険だ)
脳裏にチラつくのは、分娩台で青白い顔をして横たわる彼女の姿。
あんな思いは、もう二度としたくない。
私の願いは、ただひとつ。
彼女が生きて、幸せであること。
だが、運命が用意した選択肢は、彼女を高い確率で不幸にさせる。
家族皆で幸せになれる可能性のある選択肢が、まさか茨の道だなどと、許されるものか。
運命は時に、憎らしいまでに残酷だ。
(私が彼女の命を救えるのならば、この身だって惜しくない。命を喜んで差し出せるのに)
赤ん坊の娘を抱き、朗らかに笑う彼女を見ると、胸が痛む。
――私にできることはないか?
必死に知恵を絞っていた時、一本の電話があった。
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