カップを傾けても

8/10
前へ
/10ページ
次へ
学生時代の、意識し始めた頃の話なんて、ロマンチックな気分を盛り上げたかったに決まってる。でもって乗ってあげたんだから、今がクライマックスじゃん、と思う。 だけどナツは、私の予想にコケてたどりつけない上に、泣いてしまうような繊細なひとだった。 「・・・俺もうちょい、赤ちゃんできたって感動に浸りたいんだけど」 小さな声でそうこぼす。ナツの赤くなった鼻がず、と鳴った。 私は笑って立ちあがった。 「うん、いいよ。ごゆっくりー」 「は?! はあ?? 」 ココアのおかわりを作りに行こうとした私に、ナツが飛びついた。 ふわりと柔らかい髪が頬をくすぐってきて、私は笑いながらポンポンとナツの背中をたたく。 「よしよし、嬉しかったんならよかった」 「言っとくけど、誕プレはいつものケーキとこないだ欲しいっつってたスカートだからな。俺におまえみたいなサプライズを期待すんなよ」 「うん、ありがと。・・・スカート、はけなくなっちゃう前にいっぱいはくね」 「いやおまえ、産んだあと元の体型に戻そうって気は・・・」 あはは、と返事したら、ぐりっとこめかみをやられて、私はまたナツの背中を軽くたたく。 「ナツ君」 「んだよ」 「全力で愛してる」 (カップなんかじゃ、すぐにあふれちゃうくらい) ぎゅうっと抱きしめてくれる腕がきつくなって、私も背中にまわした手にいっぱいの愛を込めた。     
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加