マールブルグウィルス

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マールブルグウィルス

 黒岩ハムではポケットのない作業着が用いられる。異物混入を防ぐことだ。  数年前にヤマトハムでボツリヌス菌が混入されることがあった。品質部の人間が発見したため犠牲者は出なかったが、1歩間違えれば大勢の人間が死んでいた。ボツリヌス菌は1つの国を壊滅させるほどの猛毒だ。  無論、企業内の一部の人間しか知らない。  社長の大和和臣は探偵を使って従業員全員を監視している。  遥香もその1人なのだ。  生臭い匂いにむせ返る。 「咳なんかしてんなよ?マスクをキチンとしろ」  主任の平原に叱られた。  デップリと太った四十男だ。  この男もかつてヤマトハムにいた。 「だって匂いが…………」 「ホルモン部に回してやろうか?スッゲーぞ?」  内臓がギッシリ詰まった冷凍庫があるらしい。 「モツなんて食べる人間の気が知れない」 「だったら辞めるか?このご時世、転職は厳しいぜ?」 「それだけは勘弁してください」 「そんなにウィンナーが欲しいのか?購買部で安く売ってるぜ?」  平原が笑った。    タイムカードの《外出》ボタンを押して、平原と洋館に向かった。  ジャグジーに浸かりテラスでワインを飲んだ。 「ここだけの話だが、近所の雑木林でアフリカミドリザルが見つかった」 「マジですか?」  アフリカミドリザルはマールブルグウィルスの宿主だ。ウガンダに広く分布し、研究やサーカスに用いられていた。  1967年、ドイツのマールブルグとフランクフルト、さらに旧ユーゴスラビアの首都ベルグラードで研究員25人が突然苦しみ出した。  高熱、むくみ、発疹、さらには臓器や皮膚からの出血が止まらなくなり死に至る。 「マールブルグはエボラと同じフィロウィルスですよね?」  これまでに1967、1975、1980、1987、1998~2000、2004~2005に発生。  最初の犠牲者は7人だったが1998~2000のコンゴで発生したときには154人が死亡。  2004~2005のアンゴラでは252人が死亡。  死亡率も当初は21%だったのに対し、2004~2005には90%に上昇。 「おまえを失うわけにはいかない、しばらく休め」
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