そして、現在

6/11
73人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
奥宮に別れを告げ、急ぎいくつかの所用を片付ける。 王族とはいえ継承権を捨てたわたしは、これからしばらくの間は飼い殺されることになる。 一の兄上とともに城下に下り、四の兄上の邪魔にならぬように過ごすこと。 それが姉上のお望みなのだから。 残していく配下の者へいくつかの指示を出し、城下へ用意した新しい住処へと向かう。 愛しい人が待つところ。 今までは指を咥えてみているしかできなかった。 愛しい人を隠そうとするバカな男の隙をついて、隠れるように逢瀬を重ねることしかできなかった。 本当はもっとずっと以前から、わたしが子どものころから、あの人はわたしのものだったというのに、力が足りなかったばかりに他に任せることになってしまった。 もう、逢瀬を隠す必要はない。 先に移動させておいた兄上は、所在なさげにぼんやりとしたまま、寝台の上に腰かけている。 わたしは愛しい人を抱きしめた。 「唯織(いおり)……」 「冴弦(ごげん)?」 名を呼んで顔を覗き込むと、やっと何かを理解したかのような顔をした。 ゆるりとほころぶように微笑んで、わたしの胸にすり寄ってくる。 わたしの腕の中に納まる愛しい人は、少しばかり壊れてしまっているけれど、相変わらずわたしを捉えて離さない。 「ここは新しい家ですよ。これから兄上はここでわたしと過ごすのです」 「冴弦と?」 「はい」 かつて。 わたしをその名前ごと欲しいと言ったのは、兄上の方が先だった。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!