あの頃

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気がついたらそこに、人がいた。 笑いを含んだ声でわたしに語り掛ける。 「こんなところで寝るものではない」 優しく髪をすく指先に違和感を覚える。 慌てて身を起こして、相手を見た。 「三の兄上……?」 「兄上でなくて、残念だったか?」 「いえ、あの……失礼いたしました」 稽古のお帰りなのか、帯刀姿の三の兄上は、卓の上に片肘をついてわたしの顔を覗き込んでおられる。 一の兄上よりも、硬い手のひら。 三の兄上が武の人だという証明のようなもの。 「気ぜわしくて疲れているのか? それ程根を詰めてしなくてもいいのではないか?」 「いえ……疲れてはおりません。大丈夫です。課題も、わたしに必要なものですから」 「真面目だな」 「一の兄上が見てくださるのが、嬉しいのです」 「そうか」 三の兄上が課題の帳面に手を伸ばそうとなさるので、わたしはそっと離れたところに置きなおす。 「見せてはくれないのか?」 「恥ずかしいので」 「一の兄上には見せるのにか?」 「一の兄上は指導役です」 わたしの答えに、三の兄上は肩をすくめるだけで、それ以上は何もおっしゃらなかった。
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