73人が本棚に入れています
本棚に追加
気がついたらそこに、人がいた。
笑いを含んだ声でわたしに語り掛ける。
「こんなところで寝るものではない」
優しく髪をすく指先に違和感を覚える。
慌てて身を起こして、相手を見た。
「三の兄上……?」
「兄上でなくて、残念だったか?」
「いえ、あの……失礼いたしました」
稽古のお帰りなのか、帯刀姿の三の兄上は、卓の上に片肘をついてわたしの顔を覗き込んでおられる。
一の兄上よりも、硬い手のひら。
三の兄上が武の人だという証明のようなもの。
「気ぜわしくて疲れているのか? それ程根を詰めてしなくてもいいのではないか?」
「いえ……疲れてはおりません。大丈夫です。課題も、わたしに必要なものですから」
「真面目だな」
「一の兄上が見てくださるのが、嬉しいのです」
「そうか」
三の兄上が課題の帳面に手を伸ばそうとなさるので、わたしはそっと離れたところに置きなおす。
「見せてはくれないのか?」
「恥ずかしいので」
「一の兄上には見せるのにか?」
「一の兄上は指導役です」
わたしの答えに、三の兄上は肩をすくめるだけで、それ以上は何もおっしゃらなかった。
最初のコメントを投稿しよう!