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「兄上、五のが困っておりますよ」
くすくすと笑いながら三の兄上が、一の兄上の手を、わたしからはずさせた。
離れた体温を寂しく思う。
一の兄上はほんの少しだけ、不愉快を感じさせる声色で、三の兄上に問われた。
「それで? わたしに何用か?」
「あまり面白くない話です。五の成人の儀、時期をずらさねばならぬかもしれません」
告げられた言葉に、一の兄上と目線を絡めてしまう。
成人の儀の時期をずらす?
「隣国か?」
一の兄上の声に棘が混じる。
優しいけれど、それだけではないのが、一の兄上だ。
三の兄上もそれはよくご存知なのだろう。
「はい。父上のところへ参ろうかと」
「同道しよう。五の」
「はい」
「今日はしまいにしよう。部屋へ戻っていなさい」
即座に三の兄上と行動を共にすることを決めた一の兄上に、きっぱりとそう告げられては、言うことを聞かない訳にはいかない。
けれど。
「兄上」
思わず出てしまった声に、一の兄上は振り返る。
「心配はいらぬ」
わたしに聞かせるのは、優しい声。
「わかっているね? 五の君は何も案ずることはない」
「あにうえ」
「悪いようにはしない、部屋に戻っていなさい。後で仔細は伝えよう。いいね?」
「はい」
ああ。
わたしを残して去っていくお二人の背が、心寂しい。
平時でなくなるかもしれないこういう時に、わたしではまだ何のお役にも立てないのだ。
それが、悔しい。
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