そうこうしている間に谷崎くんの手には包帯が巻かれ、手当が終わったみたいだった。
「どう、包帯きつくない? ちゃんと手、動かせる?」
先生の言葉を聞いて、谷崎くんは右手を数回動かしてみたあと、大丈夫だというようにうなずいた。
けがは思ったよりもひどくないみたいで、ほんの少し安心した。無意識に詰めていた息がほうっと漏れる。
道具を片づけていた先生がふと時計を見上げ、私たちに言った。
「あのさ、もう五時間目始まってるけど、どうする?」
そう言えば、ここに来る時もやけに廊下が静かだった。よく先生に見つからなかったものだ。
「今日って5時間目で終わりなんでしょ。よかったらここでお茶でも飲んで行きなさいよ。担任にはうまいこと言っといてあげるからさ」
それは魅力的な提案だった。……学校の先生として、その発言はいいのかなと不安にも思ったけれど。
さぼって帰るにも、結局、鞄を取りに教室に行かなければいけないし。というわけであと一時間、保健室で過ごすことになった。
先生と谷崎くんと私。途中で体調を崩した生徒が来ることもなく、三人でおしゃべりをして過ごした。
もちろん、谷崎くんはほとんど話さなかったけれど、私が入れたお茶を飲んでくれた。先生においしい紅茶の入れ方を教わっておいて良かった。
先生が『テストのヤマの張りかた』を熱弁しても、谷崎くんは興味なさそうにしていた。そのくせ先生が質問したときには、言葉は少なくともきちんと答えている。
聞いていなさそうで、実はきちんと話を聞いている谷崎くんを見て、私は頬がゆるむのを止められなかった。
窓ごしに、四月の太陽が私たちを暖めていた。
お茶を飲み終わり、鼻歌を歌いながらカップを洗っていると、先生が小さな声で私にささやいた。
「あの子でしょ。話をしたかった子って」
「えっ!」
思わずカップを取り落としそうになってしまった。先生が軽く私をにらむ。
「ちょっとー、そのカップ、結構高かったんだからね? 気をつけてよねー」
「だ、だっていきなりそんなこと言うから」
反論しつつも、何が『そんなこと』なのか自分でもよくわからない。そのわからないことを先生に見透かされているような気がして、なんだか恥ずかしくなった。
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