「おはよう、谷崎くん」
谷崎くんはゆっくり私のほうに振り向く。そのあと少し遅れて、
「……ああ、おはよう」
あいさつを返してくれた。しかも、怒った顔ではない。それだけで私は谷崎くんに感謝したい気持ちになった。
昨日の朝は無視されてしまっただけに、嬉しい。苦節二日、とうとう谷崎くんと話せるようになったのだ。
苦節二日って、苦節と言えるほど長くはないな。自分の考えにツッコミを入れながら、私は話し始めた。
「昨日の空とは全然違うね。雲を全部ほうきで掃いちゃったみたい」
「そうだな」
「桜の花が咲いてたら、青空に似合うと思うんだけど。さすがに散ってるねえ」
窓の外には桜の木が数本植えられている。まるで校舎を見守っているみたいに見えた。今は花がなく、緑の葉っぱが我先にと空へ向かって伸びている。
「桜なら、咲いてるところあるけど。校内に」
谷崎くんは外に目を向けたままだったけれど、話を聞いてくれていたみたいだ。小さな声で返事が返ってきた。
「え、本当?」
その話を詳しく聞こうと思ったところで、チャイムが鳴った。同時に担任の先生が教室に入ってくる。
「後で桜の話、聞かせてね」
私は谷崎くんに手を振って、急いで席に着いた。
体育の授業はリオの言っていた通り、百メートル走だった。
出席番号順に二人ずつタイムを計る。準備体操もしっかりすませて、あとは自分の番を待つのみだった。
「嫌だなあ、私、足遅いんだよね」
「タイムなんて計りたくないよ」
隣で並んでいる子たちの憂鬱そうな声に、私も半分同意してうなずく。しばらく走っていないから、とんでもなく遅いだろうと思う。
それでも、残りの半分はわくわくした気持で占められている。みんなとこうして愚痴を言い合うのさえ、楽しいと感じていた。
「次、原田さん、布野さん」
名前が呼ばれた。小走りでスタートラインに向かう。後がつかえているせいか、緊張する暇もないほど早く合図のホイッスルが鳴った。
最初のコメントを投稿しよう!