第3話 きみと桜の下で

3/10
/173ページ
「おはよう、谷崎くん」  谷崎くんはゆっくり私のほうに振り向く。そのあと少し遅れて、 「……ああ、おはよう」  あいさつを返してくれた。しかも、怒った顔ではない。それだけで私は谷崎くんに感謝したい気持ちになった。  昨日の朝は無視されてしまっただけに、嬉しい。苦節二日、とうとう谷崎くんと話せるようになったのだ。  苦節二日って、苦節と言えるほど長くはないな。自分の考えにツッコミを入れながら、私は話し始めた。 「昨日の空とは全然違うね。雲を全部ほうきで掃いちゃったみたい」 「そうだな」 「桜の花が咲いてたら、青空に似合うと思うんだけど。さすがに散ってるねえ」  窓の外には桜の木が数本植えられている。まるで校舎を見守っているみたいに見えた。今は花がなく、緑の葉っぱが我先にと空へ向かって伸びている。 「桜なら、咲いてるところあるけど。校内に」  谷崎くんは外に目を向けたままだったけれど、話を聞いてくれていたみたいだ。小さな声で返事が返ってきた。 「え、本当?」  その話を詳しく聞こうと思ったところで、チャイムが鳴った。同時に担任の先生が教室に入ってくる。 「後で桜の話、聞かせてね」  私は谷崎くんに手を振って、急いで席に着いた。  体育の授業はリオの言っていた通り、百メートル走だった。  出席番号順に二人ずつタイムを計る。準備体操もしっかりすませて、あとは自分の番を待つのみだった。 「嫌だなあ、私、足遅いんだよね」 「タイムなんて計りたくないよ」  隣で並んでいる子たちの憂鬱そうな声に、私も半分同意してうなずく。しばらく走っていないから、とんでもなく遅いだろうと思う。  それでも、残りの半分はわくわくした気持で占められている。みんなとこうして愚痴を言い合うのさえ、楽しいと感じていた。 「次、原田さん、布野さん」  名前が呼ばれた。小走りでスタートラインに向かう。後がつかえているせいか、緊張する暇もないほど早く合図のホイッスルが鳴った。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!