第3話 きみと桜の下で

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 体育の先生は私を励ますように肩を軽く叩き、保健室を出ていった。 「真純ちゃん、あんまり気にしないのよ」  今度は保健の田村先生が顔をのぞかせる。 「今日は頑張ったのねえ。百メートルなんて、なつかしいなー」  先生はいつもの軽い調子で、私を元気づけようとしてくれた。それはとても嬉しかったけれど、逆につらくも感じられた。  掛け布団をぎゅっと握って、自分の弱い気持ちを抑え込もうとしたけれど、どうにもできない。どこからか吹き出してしまいそうだ。  私はゆっくりとベッドから体を起こした。そして着替えに行くからと先生に伝え、上履きを履く。  何となく、一人になりたい気分だった。  保健室を出た私は、すぐ着替えには行かず、ふらふらと歩いた。まだ少し頭が痛むけれど、もうほとんど良くなっている。  ちょうどお昼休みに入ったので、しばらくは教室に帰らなくてもよさそうだ。  本当なら早く帰って、リオやクラスのみんなに元気な顔を見せたほうがいいと思った。だけど、どうしても気が乗らなかった。  リオには自信満々に「大丈夫」なんて言っておきながら、結局また保健室のお世話になってしまった。  自分が情けなくて恥ずかしくて、どんな顔で教室に帰ればいいのかわからなかった。  一人になれるところを考えて、すぐに思いついたのはやはり屋上だった。けれどあの踊り場を抜けるのはさすがに危険だ。今度は何が倒れてくるかわからない。  だから少し妥協して、屋上の手前の階段で腰を落ち着けることにした。  ほこりっぽい階段に座ってぼんやりとしていると、体操着の膝に水滴が落ちてきて、丸いしみがいくつもできた。  少し遅れて自分が泣いているのだと気づいたとき、こみあげてくる嗚咽を抑えられなくなってしまった。  間の悪いことに、そのとき近くで足音がした。  私はあわてて涙と声を引っこめようと思ったけれど、うまくいかない。雑に手の甲で涙をぬぐっている最中に聞こえてきたのは、知っている人の声だった。 「原田?」  名前を呼ばれたのは初めてだったので、びっくりした。私の名前を知らないかもしれないと思っていたから。  不思議そうな顔でゆっくり階段を昇ってくるのは、谷崎くんだった。
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