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その角を曲がる前に、向こうで桜の花が咲いていることに気づいていた。
花びらが私たちのところに飛んできて、存在を教えてくれていたから。まるで呼ばれるように、私と谷崎くんは桜の木のもとへ向かった。
期待に胸を高鳴らせて、足を進める。
踏むのをためらうくらい、足もとにはピンク色の花びらがふんわりと積もっていた。
「すごい、桜が降ってる」
目的地にたどりついた私は、感嘆の声を上げた。
ここは体育館の裏側で、ほとんど人の出入りがない場所だった。桜の木は、誰にも邪魔されることなく花びらを散らし続けている。
「ここも、もう終わりだな」
少し遅れて、隣に谷崎くんが並んだ。
「おとといならまだ、散ってなかったけど」
「でも、まだこんなに咲いてるよ。私、この場所に桜が咲いてること知らなかった。谷崎くん、連れてきてくれてありがとう」
嬉しい気持ちを全部、谷崎くんに伝えたかった。私は谷崎くんの顔をしっかりと見て、お礼を言った。
「……ああ」
短く言うと、谷崎くんは視線をそらしてしまった。困ったような顔をしている。照れているのかな。
彼のそんな顔を見ていると、なんだか胸の奥がくすぐったいような気がして、私も困ってしまう。
困ることなんて一つもないのに、おかしい。
ほてった顔を冷ますように、私は黙って桜を見上げていた。花びらの散る音が聞こえそうな静けさの中、谷崎くんが口を開いた。
「傷ついてる人は、より風景に感動するらしいな」
「そうなの?」
「テレビの受け売りだけど」
「へえ、そっかあ……」
傷ついていると言えば大げさだけど、私もヘコんでいたからよくわかる。確かにそうかもしれない。
谷崎くんの写真を初めて見た時は、胸にしみて痛いような気がした。そのあともずっと、心のどこかで夕焼けが赤く燃えている気がする。
ふと、隣の谷崎くんを見る。彼の手に視線を落とすと、右手の包帯が見えた。
「傷ついてるで思い出した。谷崎くん、今日の体育、右手大丈夫だった?」
うんざりしたような顔がこちらを向いた。やばい、また余計なことを言ってしまったみたいだ。
「あんたな……ホント心配症だよな」
「だって、走ったりすると、その、傷に響くんじゃないかと……」
私はしどろもどろになってしまう。
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