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「まあ、いいけど」
谷崎くんは花びらの舞う空を見上げながら、あまり抑揚のない声で言った。
「このくらいで、痛いなんて言えない。もっと苦しんでたやつをそばで見てたから。そいつの痛みに比べたら、俺のけがなんてたいしたことない」
谷崎くんは、隠されている何かを探しているかのように、空をじっと見つめていた。
いつもよりたくさん話してくれるのは嬉しかったけれど、言葉の中に悲しいものが混じっているのが気にかかった。
『そいつの痛み』と、谷崎くんは言った。
もしかして、谷崎くんが時々悲しそうな顔をしているのは、その人のことを考えているからなのかな。
聞くことはできない。谷崎くんの心に土足で上がりこむことのように思えたから。
けれど……
頭の中に、ぺたりと張り紙をされた気がした。その紙には、谷崎くんについて気になることが書かれていて、けっしてはがれない。
しかも上からどんどん張り足されて、枚数が増えていくばかりだった。
いろいろなことに思いをめぐらせているのは、谷崎くんも同じかもしれない。
私たちの間に、再び静けさが横たわっていた。
しばらくすると、少し疲れてきたように感じた。気がつけばずっと立ちっぱなしだ。
体育のときみたいにへたり込んで、谷崎くんに迷惑をかけるわけにはいかない。
そう思って、私はできるだけ不自然に見えないように、そばにあったベンチに座った。
普段使われていなさそうな、さびの匂いのするベンチだったけれど、今は桜の花びらできれいに飾られていた。
腰を下ろすと、疲れはすぐどこかに行ってしまったみたいで、少しほっとした。
何とはなしに、花びらを受けるように手を伸ばしてみる。
てっきり逃げてしまうと思っていた花びらは、曲線を描きながら、狙いを定めたように私のてのひらに着地した。
「わ、ちょうど手のひらに落ちてきた」
声を上げてしまってから、こんなことで騒ぐなんて子供っぽいかもしれない、と少し恥ずかしくなった。
けれど谷崎くんは気にしていないようで、私の手の中の花びらをのぞきこんでいる。
「俺、さっき口の中に入った」
「えっ、花びらが?」
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