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「売店なら、まだパンくらい残ってるんじゃないか」
「え?」
「早くしろよ。昼休み、終わっちまうぞ」
返事をする前に、谷崎くんはさっさと歩き出していた。私はあわてて彼のあとを追う。
もしかして、売店までついてきてくれるのだろうか。
「あ、でも、お金持ってないや」
「貸してやるよ、それくらい」
「ありがとう……」
今日の谷崎くんは、なんだか優しい。初めて会ったときとはあまりに違う彼に、私は少し戸惑った。どうしたんだろう。
もしかして、こっちの優しい谷崎くんが本当の姿なのかもしれない。写真のことを除けば、普段は優しくて、よく笑う人なのかもしれない。
私は、最後にもう一度振り返って桜の木を見た。
ここを離れるのが少し名残惜しい。桜は私たちがいてもいなくても、変わらず青空の下でやわらかな花を咲かせている。
谷崎くんと似ている、と私は思った。普段は誰も知らないけれど、温かな気持ちが見えにくいところに隠されている。
てのひらを見ると、さっき受け止めた花びらがまだそこにあった。
私は花びらをそっとポケットに入れてから、谷崎くんの背中を追いかけた。
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