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お昼のピークを過ぎた売店は人がまばらで、食べるものを求めてやってくる生徒はほとんどいなかった。
幸いなことにパンはまだ売れ残っていて、選ぶのに悩むほどだ。
「遠慮するなよ」
一番安そうなパンを手に取ろうとする私に、谷崎くんはこう言ってくれた。
「ありがとう。お金、後で返すからね」
買い物を済ませたあと、谷崎くんと私は、売店の隣の休憩スペースに移動した。
今度は、意外にも話がはずんだ。
谷崎くんが私のトマトジュースを見て「よく飲めるな」といったことがきっかけで、好きな飲み物、嫌いな飲み物についていろいろ話した。
谷崎くんは、コーヒーを飲むならブラック派だということも聞いた。今も黒いと言えるくらい濃いコーヒーを涼しい顔で飲んでいる。すごい、大人だ。
ちなみに私はミルクたっぷり、砂糖は三杯入れないとコーヒーは飲めない。そのかわりトマトジュースを飲むのは得意だと自慢してもいいかな。
話している途中、谷崎くんの表情が突然、強張った気がした。
彼の視線は窓の外に向けられている。
何を見ているのだろうと私も続いて窓の外を見る。
窓から見えるのは中庭だ。緑の多い場所で、生徒たちが思い思いに休憩している。特に目立っているのは数人で集まっている男子生徒と、一人の先生だった。
先生には見覚えがある。屋上で谷崎くんと話していた、生物の永野先生だ。
男子生徒に何かを説明しているらしい。生徒たちはうなずきながら、それぞれ手に持ったカメラの操作を試しているようだった。
カメラ。写真部の活動かもしれない。
屋上での会話を思いだしてみると、永野先生は写真部の顧問だという風に受け取れた。
谷崎くんにとっては、あまり見たくない場面なのかもしれなかった。
どうしよう。
私は何も言うことができず、かと言って普通にしていることもできず、ただ息をひそめるばかりだった。
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