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谷崎くんは奪った写真を見ようとはせず、ただぎゅっと握って立っていた。
その手がかすかに震えている。
うつむいた顔を前髪が隠していて、表情がよくわからない。
「谷崎くん……あの」
「残りの写真は、捨てるなり何なり好きにしてくれ」
尖った口調でそう言うと、谷崎くんはいってしまった。何か、まとわりつくものを振りほどこうとしているかのように、足早に歩いて行く。
私はしばらく動けずに、ぼんやりと谷崎くんの背中を目で追っていた。
「なによ。あんな言い方しなくてもいいのに」
文句を言ったものの、やっぱり私が余計なことをしたのかも、とすぐ弱気になってしまう。
「好きにして、って言ったよね、この写真。それなら、ものすごーく大事にしてやるんだから。私の部屋にいっぱい飾っちゃうんだから」
言いながら、袋から写真を取り出す。触れた手に温度を感じるような、たくさんの風景写真だった。
やっぱり、谷崎くんの写真は素敵だ。だけど……
人物の写真はなかった。谷崎くんが持ち去ったあの一枚だけみたいだ。
谷崎くんはどうして、あの写真だけ持っていったんだろう。
ふと思ってポケットの切り抜きを出してみた。夕焼けの写真記事。
ここに写っている後姿の女の子と、さっきの笑顔の女の子は同じ人なのかもしれない。
そんな仮説を立ててみたところで、肝心なことは少しもわからなかった。
「なんで、そんなに一人で抱え込んでいるのかなあ」
つぶやいた言葉は夕焼け空の向こうに溶けて、消えてしまった。
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