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空の記憶
蒼い空に溶け出していきそうなほどの桜。
まさに、この世の春―――。
そっと瞳を開けば、市が嬉しそうに顔をのぞきこんでいた。
ゆっくりと前髪を梳かれる。
「長政さま、起きちゃった?」
「いいや。せっかく市の膝にいられるのだから、このぬくもりを味わっておこうと思って」
長政に言われて市の頬が紅く染まった。
「市…」
手を伸ばして触れた頬も熱い。
「長政さまの手、優しくて好き」
はにかんだ笑みを浮かべる市。
「あのね、私、長政さまがとてもとても愛おしくなるの」
たくさんの想いが伝わればいいのに…と市は思う。
長政が小さく笑った。
「私も市が好きだよ」
風にのって桜の花びらがひとひら、市の髪にふれた。
それに手を伸ばすと、指先が触れる前に再び風に舞う。
蒼空を恋うように、どんどん遠ざかっていく花びら。
不意に長政の声が真面目なものに変わった。
「市…、愛している。必ず守るよ」
柔らかな声の後ろに揺るがない意志。
優しい春に包まれた空の記憶。
fin.
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