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風の行方
夏を迎えたばかりの木々の梢が、ざわざわと声をあげた。
その風が何かを告げているようで、市は胸元をぎゅっと握りしめた。
「長政さま…。あにうえ…」
元亀元年、六月、二十七日、夜。
浅井・朝倉の軍勢は小谷城下の姉川を挟んで、織田・徳川の連合軍と向かい合っていた。
長政も、市も、そして信長でさえも、なぜこうなってしまったのかがわからない。
かがり火が煌々と輝く幕の内側で長政は静かに目を閉じていた。
今なら、まだ…とも思うが、すでに身動きすることができない。
完全に手のひらの上だった。
「市…」
きっと城で心を痛めていることだろう…。
とにかく、無事な姿で戻りたかった。
朝もやがやって来ると共に夜が明けた。
じっとりとした時間が流れていく。
市は一睡もできないまま、朝もやの彼方を見つめていた。
風が吹き、少しずつ視界が広がっていく。
川沿いに残っていた白いかたまりの最後が吹き飛ばされた。
今、鬨の声が上がる―――。
fin.
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