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馬鹿な女はどうにかして私の端末の番号を手に入れて何度も何度も着信をよこしていて、最初の着信で何がなんだか分からないがとにかく謝りたいといった旨を何通りもの言葉で伝えてきたあと、あの頭が空っぽの男の子とはあれ以来一度も会っていないのと唐突に告げ、まるでそのことさえクリアにすれば自分は然るべき犠牲を払ったとでもいうように、もう一度私に会うためには何をしたら良いか、そしてどうすれば私に好かれるのかを知りたがっていた。私は馬鹿な女のことを本当に恥知らずで的外れで馬鹿だと断定出来て、とても清々しい気持ちになって一方的に通話を切ってそれから二度と着信に応じていない。
甲の光沢が鈍ったブーツはゴミ箱に突っ込んでまったく同じブーツを端末を操作してネットを介して注文する。支払いには私を飼っている慎重な男のクレジットを使って届け先を慎重な男の運用している部屋のひとつにして端末のブラウザを閉じる。慎重な男はたしか今生きている人間の中で20番目ぐらいに資産があるという金持ちで、私を飼い始めた16年ほど前は今ほどではないが大きな金と力をやはり持っていて、私を見つけるなり瞳が特に気に入ったと言ってどこか遠くの国の義眼師に依頼をして私の瞳そっくりの眼球を何か特殊な樹脂と稀少な結晶でつくらせる為に個人的な財産と多くの時間を裂いたそうだ。私は慎重な男の肩に顎を乗せてその依頼をする声を注意深く聞いていた。遠くの国の義眼師は忠実に私の瞳を再現してみせ、慎重な男は私の飼い主になってからずっと持ち歩いているのだと慎重な男の秘書に聞いた。私の半生と偽物の瞳は慎重な男がずっと所有していて、氷に覆われた大陸の端でオーロラを見たり、赤道直下の孤島で透き通った海水につま先をつけて空との境界が曖昧になった水平線を見つめながら完成されたサービスを受けて40年ぐらい前から忘れられ続けている快楽のためだけにつくられた薬剤をわざわざ経口投与して全身に甘くて刺のある毒を行き渡らせたりして過ごした。私と慎重な男は性的なこともそうでない遊びも細かなディテールにいっさいの妥協を許さず、時には何度も修正して自らの身体を使ってアクシデントも含めて思いつく限りすべてやり尽くすことが出来た。
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