~八重~ ふわり、散りぬべき。

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 毎年この日が近づくと、綾人は店をスタッフに任せ帰国する。  以前住んでいた家は、父と子、互いに日本を留守にするとあって、すでに手放してしまった。  だから綾人は日本へ帰ってくると、学生の時にバイトをしていたオーナーを頼り、ひと時の宿を提供してもらっている。  そこで数日のあいだ店を手伝い、四月三日になると花見弁当をつくり、この地へ訪れるのだ。 「今年も由衣の好きなもの、沢山つくって詰めてきたぞ」 『わあ綺麗。毎年綾人くんは、料理の腕があがってゆくのね。ほんとうに、とっても綺麗。まるで春をつめ込んだみたいだね』 「はは。今年は俺と由衣が出逢って、十年目の記念日だからな。コンセプトはあの時と同じ、春だよ。由衣は初めて俺のつくった弁当を見て、春をつめ込んだって言ったろ。 今朝この弁当をつくって思ったんだ、きっと由衣ならあの日と同じことを言うって。俺のつくったものを、俺が思ったとおりに感じ取ってくれるのは、由衣以外にはいないんだ」  嬉しそうに語る綾人の顔は、とても誇らしげに見える。彼は今でも心から、由衣のことが好きなのだとうかがえた。
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