第一章 冒険

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 ここは誰もいない波止場の倉庫、椅子にグルグル巻きに縛られたあげく、身動きできない状態でコンクリートが入ったバケツに両足を浸されて絶体絶命の状況だ。  うっかりアイドルなんかにメールしたばっかりに、こんな目に遭うなんて――  自分の人生が頭の中で走馬灯のように高速回転していく。  とは言っても、まだ俺は高校一年生、せいぜい中学、小学生の運動会とか、修学旅行で京都へ行った思い出とか、そんなもんしかありゃしない。  「女の子とキスもしていないのに」  そう、恥ずかしいけど、正真正銘の未経験、女の子にモテたことなんかないし、運動会で「がんばってー!」なんて黄色い声援を送られたこともない。  いや、あった。小学五年生の時、一回だけ……。  親父に命令されて、無理やり町内運動会で混合リレーを走らされた時だ。  忘れもしない。あの時、「がんばってー!」と声援を送ってくれたのは町内のオバはん連中だった。ちょっぴり電気屋の看板娘のオネエさんの声も混じっていたから、それが嬉しかったもんだ。なんせ正真正銘、俺に送られた生まれて初めての黄色い声援だったからだ。  だが嬉しいのは、その時だけ。  あとは語るも涙の悲劇だった。いきなり走ったせいで腸内の動きが活発になり、俺は肛門の粘膜を震わせながら小学校の校庭を全力疾走したんだ。大音量で何発も鳴り響いたから、これが爆笑だったのは言うまでもない。しかもドンジリ。  あんまり恥ずかしいので、町内運動会が終わったあと、しばらく姉貴など口をきいてくれなかったほどだ。黒縁の眼鏡を光らせて、一重瞼が怖いんだよね。  これは学校でも話題なり、その日から俺のニックネームは《プータロウ》なんて失業者みたいな、あだ名になってしまった。  いや、屁の話なんかどうでもいい!
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