愛するということ

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 *****  土曜日の昼過ぎ、北見は車で春人のアパートまで迎えに来た。促され、春人が助手席に座る。運転する北見の姿は新鮮で、春人は家に着くまでに何度も北見の横顔を盗み見ていた。  北見の家は広く、外観も内装も綺麗だった。築二十年だと北見は言ったが、春人の目にはもっと最近に建てられたもののように見えた。  着いてすぐ案内されたのは寝室だった。ダブルベッドが置かれており、きっと北見とその妻が寝ていたのだろうな、と春人は頭の隅で考えた。そして同時に、ああ自分たちはこれからこのベッドで体を重ねるのだな、とぼんやりと思った。  枕元の小さなテーブルには、手元を照らすテーブルランプと写真立てが置かれている。倒されていたためどんな写真が飾られているのかはわからなかったが、おそらくは家族の写真なのだろう。 「脱げよ」  北見に言われ、春人の意識が現実に戻される。春人は手早く服を脱ぎ、ベッドに乗った。北見もそれに倣う。 「娘さんはどちらに?」 「京都だそうだ。……なあ、こんなときに娘の話をするのはよさないか」 「いいじゃないですか。背徳感があって……」  それから二人はいつも通り抱き合った。行為の途中、春人が枕元の写真立てに手を伸ばしたが、北見はその手を掴んで写真立てから引き離した。代わりに春人の口元に唇を乗せる。思えばこれが北見との最初で最後のキスだった。  シャワーを借りて寝室に戻ると、北見はすでに服を着ていた。いつも通りベッドの縁に座り、いつもと同じ煙草を吸っている。春人もいつも通り、その隣に座った。 「七月の終わり、僕も京都に行くんです。高校のときの友達と、四人で」 「へえ、いいな」  煙を吐きながら北見が相好を崩す。土産は何がいいかと問うと、気遣いはいいと更に笑った。北見の笑った顔が好きな春人は、その横顔を静かに見つめていた。
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