愛するということ

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 *****  八月に入り、暑さが肌を焼くような気温だったその日、平日の微妙な時間帯ということもあってか、春人のアルバイト先の飲食店はがらがらだった。ホールに出ていた春人は、客に来てほしいような来てほしくないような、そんなどっちつかずの感情を持て余していた。  午後三時を回った頃、店に一人の女が姿を見せた。二十代前半くらいの若い綺麗な女だ。女の一人客はさほど珍しくもなかったため、春人はいつも通りに接客をした。 「一名様ですか」  春人が問うも、女は春人の顔を見るなり、「木村春人さん?」と春人の名を呼んだ。春人は怪訝な顔をする。ネームプレートには木村としか書かれていないのに、何故彼女は自分の下の名前を知っているのか。 「北見智子です。……父のことで、少しお話が」  その言葉を聞くなり、春人はすぐに彼女が北見の娘だと悟った。それと同時に、得も言われぬ嫌な予感がした。北見の娘が春人を訪ねてくる理由など、一つしか思い当らない。父のことで話があるという言葉が、春人の疑念を確証に変えた。  春人は店の裏で待つよう智子に言い、店長に許可をもらって裏口から外に出た。店の裏では智子が所在なげに佇んでいた。年齢を聞かれ、二十歳だと答える。すると、年下だとわかったためか、智子は砕けた調子で話し始めた。 「父さんが長野駅前でずいぶん親しげにあなたと歩いていたものだから、後をつけてみたの。そうしたら、二人でホテルに入っていくじゃない。私、びっくりしちゃった」  春人は目を丸くした。臓腑が冷えるような感覚に陥る。まさか後をつけられていたとは思わなかった。長野駅前のホテルで会ったことは幾度となくあったため、身に覚えがありすぎて、それがいつのことかまではわからなかった。  北見の娘である彼女にしてみたら、それはショッキングな光景だったに違いない。しかし智子は淡々と話を続けた。 「その日、父さんがお風呂に入っている間に、彼のスマートフォンを見たの。そうしたら、木村春人という名前の人物と頻繁に連絡をとっていることがわかって。それで、ああきっとさっきの人ね、と思って」  それは夫の浮気を疑う妻のような行動だと春人は思った。それから春人は、ふと疑問に感じたことを口にした。
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